新聞少年ブルース(全5回)

時原ひかる

「確かに配達ミスは多いようだね」
 荒川は新聞契約者からの苦情、主に朝刊が届かないなどのいわゆる『不着』の記入がされたノートから顔を上げると言った。
「でも順路帳を取り上げたのは私なんだし、配達に慣れてきた頃によくあることだから」
 まるで少女のようにつるりとした肌をした坂本シンジの俯いた顔のラインを横目に、荒川はあまり神経質になり過ぎないようにと笑顔を作る。
 新聞奨学生としてこの販売所にやってきてから一ヶ月、生真面目すぎる性格のせいか配達のスピードがなかなか上がらないシンジからショック療法のつもりで契約先や道順を記した帳面を取り上げたのだが──逆に些細なミスを気にするあまり、配達恐怖症に陥ってしまったらしい。
「ほんとに自分でも情けないんです。道順もポストの場所も完璧に覚えたはずなのに、いざ新聞を入れようとすると自信がなくなって…」
 形のよい唇を食いしばって涙を浮かべるシンジに思わずサディスティックな欲望を感じながらも、荒川は所長としての自分の立場を思い返してゆっくりそれを飲み込む。
「うちとしては間違えた配達先を次から注意して配るくらいのスタンスで構わないんだけど…」
 東北の田舎町から高校卒業と同時に上京してきたシンジは今時の若者には珍しく、世間擦れしたところがない。
 新聞奨学生を多数抱える同業者から聞いた話では、何度注意してもノーヘルでバイクを運転し、ミュージックプレーヤーのイヤホンを耳に差し込んで配達をする学生がほとんどらしい。
 配達ミスをしても一応頭を下げてみせるが、同じ家をくり返し間違えても平気な顔をしていると嘆いていた。
「でしたら罰金でも何でもしてください。こんなによくしてもらってるのに、ほんとに申し訳なくて…」
 今にも膝にすがりつきそうな勢いのシンジを丸裸にしてフェラをさせる妄想を描きながらも、なんとか踏みとどまって少年をなだめる。
「それじゃあ、こうしよう。次に不着をしたら何か方法を考えるということで…」
 そろそろ学校の準備をする時間だろう、とケリをつけて、荒川は同じビルにある寮へシンジを帰した。

「彼って…まさにリュウイチロウの好みだよね」
 振り向くと、こっそり様子を見守っていたのか、販売所のオーナー兼ベテラン配達員の神埼──といっても、まだ26歳の美青年が含み笑いをしていた。
「何でもするなんてシンジが言い出すから、その場でしゃぶらせるところを期待してたんだけど…」
 モトクロスのレース場で知り合った頃…神崎はまだ10代で荒川とは一回り以上も年下だったが、なぜかひどく気が合った。
 有名な財閥の御曹司でありながらも、独立して新聞販売店を開きたいという荒川にポンとビルを一軒貸し出したばかりか、神崎自身も朝・夕刊の配達をしている。
 金持ちの気まぐれだと思ったが、実家の豪邸を出た彼は、もう5年近くも配達所の寮であるワンルームに住み続けていた。
「最近この手の刺激が少なかったから、シンジには期待してるんだよね」
 そう言うと、神埼は事務所にあるモニターのスイッチを入れる。一見何の変哲もないテレビ画面だが、そこに映し出されたのは、寮の個室である、シンジのワンルームを隠し撮りした映像が映し出されていた。
「おい、プライバシーの侵害だろ」
 咳払いをした荒川を無視して、神埼が盗撮カメラをズームする。
「何言ってんだよ。あんただって、シンジのオナニー映像録画して、くり返し楽しんでるくせに…」
 ふんと鼻を鳴らして、神崎は画面を指差してみせる。
 部屋に入るなりベッドに突っ伏して微動だにしなかったシンジがようやく体を起こすと、ノロノロと着替えを始めたところだった。
「放っておくと、ここをやめて女装スナックあたりでバイト始めるかもよ」
 神崎に言われるまでもなく、荒川もその心配はしていた。
 配達用のジャンパーとジーンズを脱ぎ捨てたシンジの透き通るような体には、淡いパステルカラーのブラとパンティーがつけられている。
 都会に馴染まない性格のシンジが近くにコンビニすらないという田舎から出てきたのも、その女装願望が理由だったのは間違いない。
「まだ素人の仮装大会のレベルだけど、ちゃんとメイクを覚えたら、すぐにここの何倍も稼げる売れっ子になるだろうね」
 早くモノにしないと逃げられちゃうよ、という神崎の言葉に荒川をぐっと奥歯を噛み締める。
 穢れを知らない少年を貶めるような真似はしたくないと考えていた荒川だったが、配達恐怖症のシンジが思い余って失踪しないとも限らない。
「そんなこと言われなくてもわかってる」
 睨み返した荒川に「コワーイ」と肩をすくめて、神埼が端正な顔に冷たい微笑を浮かべる。
「だったら、明日あたり…例のイベントだね」
 そう言うと、切れ長の目でウインクを一つ残して、神埼が事務所を出て行った。
「しかたがない、かもな」
 つぶやく荒川の視線の先では、地方出身者丸出しのトレーナーとジーンズに着替えたシンジが悲しい表情で鏡に映った自分の姿を見つめていた。

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