時原ひかる

 朝刊配達時刻の一時間前…。
 まだ誰も出勤していない配達所にシンジを呼び出した荒川は、ゆっくりと口を開いた。
「最初に言っておくが、これは我が配達所の伝統的な配達矯正法なんだ。ちょっとキツかもしれないが、決してシゴキ・イジメの類でないことだけはわかっておいてもらいたい」
 いつもは柔和な荒川の厳しい表情に、シンジの顔にも緊張が走る。
「はい」
 返事をした少年の声は、気の毒になるくらい震えていた。
「じゃあ、その場で服を脱ぎない」
 まったく表情を動かさずに言い放った荒川の言葉に少年がポカンと口を開ける。意味はもちろんわかったのだが、予想もしなかった言いつけに頭が真っ白になってしまったのだ。
「グズグズするんじゃない。服を脱げといってるのがわからないのか」
 突然声を荒げた荒川に、シンジはビクンと体を縮めた。もし、それが違う命令なら、どんなことでもすぐに従ったに違いない。ただ、シンジには、どうしても服を脱げない理由があった。
「でも…」
 涙を浮かべて俯いたシンジに、荒川はひどく胸が苦しくなった。
 配達用のトレーナーとジャンバーの下には、さっきまで荒川がモニターで盗み見ていたピンクのブラとショーツをつけているのがわかっていたからだ。
 ──そんな顔しやがって。まるでオレが極悪人みたいじゃねえか。
 荒川は口元を歪めながらも、ぐっと奥歯を食いしばって少年を見据える。
 厳しく言って自ら女装趣味をカミングアウトさせる方法もあったが、彼は別の道を選んだ。
「よし、わかった。自分で脱げないようなら私が手伝ってやろう」
 そう言うと、荒川は大きなハサミを手に、少年のトレーナーにジョキジョキと切り裂いていった。
「いや、やめて…」
 悲痛な叫び声をあげて、少年が服の切れ端を抱きしめるようにうずくまる。
 しかし、荒川は手を緩めずにハサミを動かして、シンジを女性ものの下着だけの姿にした。
「女装趣味がそんなに恥ずかしいのか。配達するのにコソコソ隠れてそんな格好をしてるから間違えたりするんじゃないのか」
 すすり泣くシンジの腕を掴んで強引に立ち上がらせると、涙に濡れた少年の顔を指で上向かせた。
「ごめんなさい」
 しゃくりあげるシンジに思わず抱きしめたくなる衝動を抑えながら、荒川は静かな声で言った。
「私は別に君の女装を責めているわけじゃないんだ。そういう趣味は人それぞれだし、君がここに来る前からわかっていたことだから」
 ふいにかけられたやさしい言葉に、少年の瞳が揺れる。
「うちは奨学生の身元はきっちり調査するからね。君がどういう理由で上京して奨学金を借りてまで進学しようとしたかはちゃんと調べてあるんだ」
 男だけの職場だから、そういうことは事前に把握しておかないと後々トラブルの原因になるからね、そう告げた荒川に、シンジは思わずしがみつくと、これまで背負ってきた苦悩の大きさを語るようにわんわん泣き出した。
「わかったら、もう泣くのはやめるんだ。これから私たちは君が学校を卒業するまで長い付き合いになるんだから」
 荒川は床から配達用のジャンバーを拾い上げると、下着だけの素肌にかけてやった。
 これで無罪放免してやりたい気持ちの方が大きかったが、この先のことも考えて、荒療治を続けることにする。
「よし、それじゃあ、出発だ」
 まだ涙で顔を腫らしているシンジの手を取って、配達用のカブではなく自前の大型スクーターのリアシートに座らせると、荒川はエンジンをスタートさせて言った。
「ちゃんとしがみついていろよ」
 ジャンパーを着ているとはいえ、下はブラとショーツ姿のシンジに抵抗感がないはずはなかったが、素直に腰に回した細い腕には荒川を信じるとでもいうように、ぎゅっと力が込められていた。
 朝刊配達前の深夜の時間帯だが、通りには車が行き交っているし、コンビニやレンタルビデオ店には多くの人影がある。
 ジャンパーの下はほとんど素っ裸のような格好でしがみついている少年の気持ちを想像して、荒川は保護者か心理カウンセラーのような心境になっていた。
 誰かに見つかったらという不安と恥ずかしさ、それに疾走するバイクがもたらすゾクゾクするような高揚感。そして、少年が自覚しているかはわからないが、ヒリヒリする緊張の中で性的快感が芽生えているに違いない。
 ──きっと一生忘れられない夜になるに違いない。
 羞恥心や恐怖は少年からよけいな自意識や理性を取り除くための下準備で、その後で真っ白になった心のキャンバスに快感というナイフで鮮烈な記憶を植えつけるのだ。
 配達のミスにかこつけて少年を罠にはめてしまったのではないか、という罪悪感がチクリと荒川の胸を刺す。
 けれど、いったん始めてしまった以上、もう後戻りはできなかった。
 ──シンジがちゃんと大人になるまで、オレが責任を持って面倒みてやるさ。
 そう自分に言い聞かせながらも、そこに性的欲望の匂いを感じ取った荒川は、それを振り切ろうとでもするようにスピードを上げた。

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